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こども支援プロジェクトOMODOCの動向記録と奮闘日誌です。
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【7/11の取材班の活動】

『行動予定表』
10:00 石巻市内被災状況視察
10:30 女川町の病院をみる。撮影行動。
14:00 北上川河口のアートカフェ『川辺の散歩道』三浦頼子さんを訪ねる
15:30 石巻専修大学共創研究センター・大学開放センター訪問
18:30 「被災地のこどもを語る~こどもに今わたし達が出来る事~」
矢本駅前 みんなのお店『アゴラ』にて
石巻の小学校教諭 石垣好春先生 他4名
復興ボランティア活動をされている方々と交え懇談会
23:00 名取に帰宅


前日の衝撃から我々は未だに抜け出せずにいました。
重い面持ちで私達は石巻へと向かったのです。

移動して1時間程、私達は石巻市へと橋を踏み入れました。
辺りの木は潮の所為で(また汚染水の所為で)みんな枯れていました。
空気が酷い匂いで満ちていて、窓を開ける事が出来ませんでした。
色んな建物が、みんなみんな崩れていました。

文にして書くとこんな表現しか出来ませんが、現実はそれ以上です。
その中で復興作業に勤しんでいる人もいるので、忘れてはならない状況です。

その石巻市の中の荒廃した小学校の撮影に掛かりました。
小学校の周りもそうですが、火災で焼けた灰の匂いがマスクをかけても臭いました。
校舎は至る所に焦げ跡があり、浸水した潮の跡もハッキリと残って、
校舎の周りはガレキばかりで何も無くなってました。
その場は灰色でした。

小学校の取材を終えると、今度は病院の見学へ行きました。
海辺に近い丘の上に建てられた病院でした。
そんな高い所でさえ津波が越えて飲み込んだのが、病院の壁に残された潮の跡で分かりました。
当然丘の下は全て灰色でした。中には真横に倒れたビルもありました。
「おだづなよ!津波!」の文字を忘れる事が出来ません。

昼食後、石巻市の撮影を済ますと『川辺の散歩道』の三浦頼子さんを訪ねに行きました。
北上川に起った災害の話、近隣の小学校に避難しているこども達の話、地震が起る前と今の違い。
たくさんのお話を聞く事が出来ました。
三浦さんが保管していた被災直後の写真、『北上川』の水はとても濁っていました。
話の後に、三浦さんはアトリエとワークショップの出来るスペースを案内して下さり、
その上流木の素材がある事も教えて下さりました。

話を聞いていて、一昨日の心境であれば『尚のこと今進行してるWSを実現させよう!』と
考えていたのだろうと思います。
ですが昨日の衝撃以来、視界が変わった我々は(各々なので明確な事は言えませんが)
『これを使えばみんな楽しめるかな?』とか
『こういった事をすれば、もっとふれあえるかな?』などその場で楽しめるWSの事を考えてました。

こうして三浦さんに別れを告げた後、
私達は被災地の避難場所になった大学へとむかったのです。

(後編へ続く)


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[omodoc] とは、
女子美術大学メディアアート学科が立ち上げた子供支援アートプロジェクト。
「わたし達も何か出来る筈」、その想いを抱きながら今日も動きます。
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